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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)10280号 判決 1961年10月20日

原告 高橋修司 外二名

被告 露木幸作 外一名

主文

被告本橋酉蔵は、原告等に対し、金三万円を、被告露木幸作は、原告等に対し、金三万円を各支払え。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その一を被告等の、その余を原告等の負担とする。

この判決は原告勝訴の分に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告本橋酉蔵は、原告等に対し、金十二万九千九百九十二円を、被告露木幸作は、原告等に対し、金十二万九千九百九十二円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一)、原告等は、いづれも宅地建物取引業者であるが、昭和三十三年九月頃、被告露木幸作は、訴外久保金司を代理人として、原告高橋修司に対し、宅地購入の斡旋仲介を依頼し、同原告はこれを承諾し、同被告のため、東京都渋谷区代々木富ケ谷所在宅地約四十坪その他三ケ所を案内した。

(二)、その後、被告本橋酉蔵は、同人所有に係る東京都中野区塔ノ山町十五番地所在宅地四十五坪八合三勺(以下「本件宅地」という)に付き、原告高橋亀五郎に対し、売却斡旋仲介の依頼をなし、同原告はこれを承諾し、同原告より、原告沢村銀右衛門を通じて、原告高橋修司に対しこの旨を連絡し、被告露木より宅地斡旋の仲介依頼を受けた原告等三名は、昭和三十三年十二月初旬被告露木を右宅地現場に案内し、被告両名を互に紹介した。

(三)、右(一)(二)の原告等と被告本橋、同露木との間の宅地斡旋契約の内容は、いづれも、原告等の仲介行為により、本件宅地売買契約が、成立したときには、被告等はそれぞれ、原告等に対し、東京都宅地建物取引業組合連合会が、東京都知事の認可を経て定めた宅地建物取引業手数料表の定めるところの報酬を支払う趣旨のものであつた(以下「本件契約」という)。

(四)、而して、本件宅地売買において、被告本橋は、坪当り、六万五千円と主張し被告露木は、坪当り五万五千円と主張し、売買価格の点で折り合いがつかず原告等が、仲にたつて種々斡旋し結果、被告両名間において坪六万円として売買の話が纒り昭和三十三年十二月十三日被告本橋から被告露木に対し、売買による所有権移転登記がなされるに至つた。

(五)、よつて、原告等は、被告本橋及び同露木に対し、前記斡旋契約に基づく仲介手数料の支払いを求めるため、本訴に及ぶものであり、而してその手数料は、前記宅地建物取引業手数料表の定めるところにより、売買価格二百万円までの部分については、売主、買主双方から五分宛、それを超過する部分については、同様四分宛であるところ、本件宅地の売買価格は、二百七十四万九千八百円であるから、右計算にしたがい、被告本橋酉蔵は、原告等に対し、金十二万九千九百九十二円を、被告露木幸作は、原告等に対し、金十二万九千九百九十二円を支払う義務がある。

(六)、仮りに、本件契約のうち、仲介に対する報酬に関する部分の約束が、原告等と被告等との間で結ばれたことが認められないとしても、前記のとおり、原告等は、いづれも、本件宅地売買の仲介当時、宅地建物取引業者で商人であり、その営業の範囲内で、被告等のために、前記仲介行為をなしたのであるから、被告等は、それぞれ原告等に対し、相当額の報酬を支払う義務がある。而して本件では、この報酬の額は、被告各自につき前記手数料金額を相当とする。

(七)、仮りに、前項の主張がいれられないとしても、東京都では、宅地建物取引業者が、依頼者から宅地建物売買の斡旋仲介を依頼され、その事務の処理として、依頼者を現場に案内し、相手方を紹介し、それによつて話し合いを進め、売買当事者間で取引が成立した場合には、たとえ、仲介業者が、最後まで取引に関係しないまでも、当事者間に契約が成立したという結果が生じた以上、仲介業者は、売買当事者に対し、取引完結まで終始関与したと同様の報酬を請求し得ることが、業者一般の慣例となつており、且つ、前記宅地建物取引業手数料表の定めるところの報酬額は、業者一般の慣習となつておるのである。而して、依頼者が、仲介業者に斡旋仲介を依頼するときは業者一般の慣習とする報酬額に従がい、それを支払うべき旨の黙示の意思表示ありとみるべきである」。

と述べた。

被告本橋及び報告露木訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

被告本橋は、

「原告主張の第一項の事実中、原告等が宅地建物取引業者であることは否認する。その他の事実は知らない。

同第二項の事実中、昭和三十三年中(月日不詳)原告等が、被告露木を被告本橋方に連れて来たことは認める。その他の事実は否認する。

同第三項の事実は否認する。

同第四項の事実中、昭和三十三年十二月十三日本件宅地につき、被告露木との間で売買成立及所有権移転登記がなされたことは認める。その他の事実は否認する。

同第五項乃至第七項の事実は否認する」と述べ

被告露木訴訟代理人は、

「原告主張の第一項の事実中、原告等が宅地建物取引業者であることは知らない。その他の事実は否認する。

同第二項乃至第七項の事実は否認する」と述べ

抗弁として、

「(一)、仮りに、原告等が宅地建物取引業者であり、被告露木が、原告等に斡旋仲介を依頼したとしても、原告等の斡旋にかゝる被告本橋との取引につき、原告等は、被告露木を本件宅地現場に案内して面接せしめ、只口をきいただけで、あと事務処理を放置して顧みず、宅地建物取引業法に基づく誠実義務(同法は、仲介業者に誠実に事務を行ない、常にその経過を報告し、最後まで完全に遂行すべきことを規定)に違反し、これがため、被告露木は、原告等に対し、本件宅地の斡旋仲介を断わり、その後、新たに被告両名間の努力により、本件売買が成立するに至つたものである。

よつて、原告等から斡旋報酬の請求を受けるいわれはない。(二)、仮りに、原告等の主張が認められたとしても、被告両名間の本件宅地の実際の売買価格は、二百二万円であり、前記宅地建物取引業手数料表最高としても当事者一方につき十万八百円であるから、被告露木は、原告等に対し、上記金額を超える金員の支払いをする義務はない。

よつて、この点に関する原告等の主張は失当である」と述べた。

原告等訴訟代理人は、「右抗弁事実は、いづれも否認する」と述べた。

証拠として、

原告等訴訟代理人は、甲第一号証、第二号証ノ一、二、第三、四号証、第五号証ノ一、二、を提出し、証人高橋君代の尋問及び原告高橋修司、同高橋亀五郎、同沢村銀右衛門の各本人尋問を求めた。

被告本橋は、被告本橋酉蔵本人尋問を求め、甲第一号証、第二号証ノ一、二、第三号証の成立は認める。甲第四号証の成立は不知、甲第五号証ノ一、二の原本の存在と成立は認める、と述べた。

被告露木訴訟代理人は、証人久保金司の尋問及び被告露木幸作本人尋問を求め、甲第一号証、第二号証ノ一、二、第三号証の成立は認める、甲第四号証の冒頭より東京都知事安井誠一郎迄の部分の成立は認めるが、その他の部分の成立は不知、甲第五号証ノ一、二の原本の存在と成立は認める、と述べた。

理由

一、(本件契約の成立について)

(1)、委託契約の成立について

原告等は、被告本橋、同露木より、それぞれ本件宅地売買につき、斡旋仲介の依頼を受けたと主張するので、この点を判断する。

成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第五号証の一、二及び証人高橋君代、同久保金司の各証言並びに原告高橋修司、同沢村銀右衛門、同高橋亀五郎、被告本橋酉蔵、同露木幸作の各本人尋問の結果(但し、被告本橋酉蔵、同露木幸作の各本人尋問の結果については、後記措信しない部分を除く)を綜合すると、

(一)、原告等は、いづれも、本件宅地売買斡旋仲介当時、東京都宅地建物取引登録業者であり、昭和三十三年九月頃、被告露木は、訴外久保金司を代理人として、原告高橋修司に宅地購入斡旋仲介の依頼をなし、同原告はこれを承諾し、同被告のため、東京都渋谷区代々木富ケ谷所在宅地約四十坪その他三ケ所の売地を案内したこと。

(二)、その後、被告本橋酉蔵は、同人所有に係る本件宅地につき、原告高橋亀五郎に売却斡旋仲介を依頼し、同原告は、これを承諾し、原告沢村銀右衛門を通じて、原告高橋修司に右宅地売却の旨を連絡し、而して、原告等三名は、昭和三十三年十二月初旬、被告露木を本件宅地現場に案内し、被告両名をたがいに紹介(原告等が、昭和三十三年中、被告露木を被告本橋方に連れて来たことについては、原告等と被告本橋との間に争いがない。)したことを認定し得べく、右認定に牴触する被告本橋酉蔵、同露木幸作の各本人尋問の結果は、前掲証拠に比照してたやすく信を措き難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右認定の事実によれば、被告本橋と原告高橋亀五郎との間に、又、被告露木と高橋修司との間に、本件宅地売買の斡旋仲介についての委託契約が成立したことを認めうべく、その他の委託契約の成立については、これを認めるに足る証拠がない。

(2)、報酬契約の成立について、

次に、原告等は、本件契約の内容は、本件宅地売買契約が成立した場合に、被告等は各自原告等に対し、前記宅地建物取引業手数料表の定めるところの報酬を支払う趣旨のものであると主張するが、原告高橋修司、同高橋亀五郎、同沢村銀右衛門の各本人尋問の結果によれば、原告等と被告等との間で、原告等主張のとおりの約束ができたという供述は信用できないし、ほかにこの原告等主張の事実を認めることのできる証拠はない。

二、委託契約の解除、売買の成立について

被告露木訴訟代理人は、被告露木は、原告等に対し、仲介を依頼したとしても、原告等の斡旋にかかる被告本橋との取引につき、原告等は、事務の処理を放置して顧みず、これがため、被告露木は、原告等の仲介を断つたものであると主張するので、これを判断するに、証人久保金司の証言及び原告高橋修司、同高橋亀五郎、同沢村銀右衛門の各本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、本件売買に関し、被告本橋は、坪当り六万五千円と主張し、被告露木は、坪当り五万五千円と主張したが、原告等が仲にたつて種々斡旋した結果、坪当り六万円として一応売買の話が纒つたこと、しかし、その後間もなく、被告露木は、原告高橋修司に対し、本件宅地買入の委託を解除したこと、もつとも、本件宅地の売買契約自体の締結には、原告等は、関与していないが、それは、原告等において、事務を放置して顧みなかつたためではなく、昭和三十三年十二月十三日の朝被告本橋が、原告高橋亀五郎に本件宅地売却を一時中止する旨申し入れたこと、しかも、被告本橋と被告露木は、同日中、原告等を除外して本件宅地について売買の交渉を開始し、同日附売買による所有権移転登記をなし(同日附売買による所有権移転登記がなされたことについては、被告本橋と原告等との間に争いがない)、被告等は、その間全然原告等に知らせなかつたばかりでなく、該売買は、原告等の仲介とは関係なく、別個のルート(売地の看板の宣伝)によつて成立した形にしようとしたものであることが認められ、右認定に反する被告本橋酉蔵、同被告露木幸作の各本人尋問の結果は、当裁判所これを採用しない。

以上認定の事実によれば、原告等の尽力による本件宅地の売値、買値の調査、打診等が本件宅地の売買成立について一機縁をなしていたことも充分窺えるとともに、本件売買契約前の被告露木の原告高橋修司に対する委託の解除及び被告本橋の原告高橋亀五郎に対する本件宅地売却一時中止の申し入れは被告等において、原告等を除外して直接取引を成立させるため、故意になされたものであり、したがつて、また、その後成立した本件宅地売買契約も、被告等が、原告等を故意に除外して直接取引をしたものであることが明らかである。

したがつて、この点に関する被告露木訴訟代理人の主張は失当である(解除の取扱については、便宜上次項で述べる)。

三、商法五百十二条の適用

さて、原告等は、前記の如く、いづれも宅地建物取引業者で商人であり、原告等の前記仲介行為は、原告等がその営業の範囲内で被告等のためにした行為にあたるから、商法五百十二条により、被告等に対し、相当の報酬を請求することができると主張する。

ところで、宅地建物取引業者は、必ずしも、商法上の仲立人ではないが、仲立営業の本質に照らして、これを異別に取扱う合理的根拠はないから、商法第五百五十条、五百四十六条の類推により、その媒介により当事者間に契約が成立発効しなければ、報酬の請求をすることはできないものと解すべきである。

しかし、他面、委託者は、何時でも、自由に仲介の委託を解除できるものと解すべきであるから、仲介業者の労力、手腕等を利用して、十分に初期の売買契約成立の機縁を作らしめながら、業者に対する報酬の支払いを回避せんがために、売買契約成立直前、不当に仲介の委託を解除し、仲介業者を排除して、当事者間の直接交渉により、所期の売買契約を成立せしめるような場合には、その契約の成立自体は、直接仲介業者の仲介に基くものとはいえないけれども、仲介業者は信義則に照らし、委託の解除はなかつたものとして、自己の仲介により所期の売買契約が成立したと同様の報酬が請求できるものと解すべきである。

そして、本件においては、被告露木が、原告高橋修司に対して、本件宅地売買の仲介委託を解除したとしても被告等各自は原告等に対し、相当の報酬を支払う義務があるものといわなければならない。

宅地建物取引業者は、前述の如く商事仲立人ではないが、仲介業務の特質に鑑がみ、商法第五百五十条第二項の規定を類推適用して、当事者一方のみから媒介の委託を受けた場合でも、各当事者に対して、相当の報酬を請求することができるものと解するのが相当である。これ媒介の利益を享受する者は、その性質上、ひとり委託をなした当事者のみでないことに徴し、当然である。

よつて原告等は被告各自に対し、不可分的に相当の報酬を請求する権利を有するわけである。

そこで、その報酬金額について按ずるに、原告高橋修司、同高橋亀五郎、同沢村銀右衛門各本人尋問の結果によつて成立を認められる甲第四号証(但し、冒頭より東京都知事安井誠一郎迄の部分については、被告露木と原告等との間に争いがない)によると、東京都告示第九九八号は、宅地建物の売買の媒介をする場合の報酬額は、取引当事者の各一方について、取引額が二百万円を超え、四百万円以下の場合には、二百万円までの部分について取引額の百分の五、二百万円を超える部分について取引額の百分の四を超えてはならないことが定められていること、及び被告本橋酉蔵、同露木幸作各本人尋問の結果により、被告露木が、被告本橋から本件宅地を代金二百二万円(右計算にしたがうと、最高額は、取引の各当事者につき、十万八百円となる)で、買受けたことが認められ、この認定に反する原告高橋修司、同高橋亀五郎の各本人尋問の結果は採用できず、他にこの認定を動かすことのできる証拠はないが、以上認定した事実及び本件諸般の事情(仲介委託を受けるに至つた事情、目的宅地発見の経緯とこれが仲介の難易、仲介に当つた期間とその間における有形無形の労力の程度、これによつて稗益した委託者の直接間接の利益等)とを参酌すると、この報酬額は、取引の当事者の各一方について金三万円が相当であると認定する。

よつて、被告本橋酉蔵は、原告等に対し、金三万円を、及び被告露木幸作は、原告等に対し、金三万円の相当報酬をそれぞれ支払う義務を有するが、これを超える額については支払義務がないものといわなければならない。

五、(むすび)

以上の理由により、原告等が被告露木に対して報酬金三万円を被告本橋に対して報酬金三万円をそれぞれ支払うことを求める部分は、正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

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